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ヒロタサトミの創作人形 

DAMDAM/人形を作って考えた今日このごろ

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作品その2「mademoiselle O」

11/15から「O の物語」(ビリケンギャラリーさん)で展示させていただく
「mademoiselle O」です。
サイズ55cm。

「O嬢の物語」
澁澤龍彦さんの翻訳を昔読んで、何故か心の何処かに引っかかったままになっている小説です。
大尊敬するシモン先生と澁澤さんの深い関わりもあり、いつかは挑戦したいテーマとして持ち続けていました。
女性として、この物語は、私にはどうしても共感出来ない世界なのですが、
それにもかかわらず「O」という女性は魅力的で心から離れないのです。
製作中もずっとこの物語について考えていました。
一番気になったのは、澁澤さんは、何故この小説を日本に紹介したのかという事でした。
結局は結論は出ないままで、小説の内容についても、まだまだ考えはまとまりません。
漠然と、これは一つの愛の物語なのかなと思っています。
恋人を想う気持ちから自ら奴隷となった「O」が、最後には自己愛に至る(と、私には読めました)。
愛を貫ぬくかに見えて、結局は、「O」は自分一人の世界に入って行ってしまったのではないか。
恋人も他の男達も、自分という存在を完成させるための脇役になっていく。
意識はどんどん自分に向けて集中していく。一体、誰かを愛することは可能なのか。
私たちは、自分の脳を通してしか、誰かを愛する事は出来ない。己の脳を取り去る事は出来ないのです。
その中で、人は愛したり愛されたりという事を、一生をかけてしていかなければならないわけで、
それは大変なことだと思うのです。
女子大の学生だったときに、神父様の教授がいらしたのですが、
「結婚とはテーブルとベッドである」といきなり授業で教えられました。
おぼこな私には、かなり衝撃でしたが(神父様の口から聞くとは!)、それは真理であり、この世には男と女がいて、そしてそれは生きている限り続く人間に与えられたテーマなのです、、、かね、、、?
そんな散漫な読みしか出来ませんでしたが、きっと歳なりに、又自分の解釈も変わって行くのではないだろうかと思っています。

そんな事を考えつつ、私なりの「O」像を煮詰めて行きましたが、かなり苦しみました。
苦痛→歓喜という心の動きは、キリスト教の受難や殉死とイメージが重なり、そんな雰囲気も頭にいれつつ作りました。
大きいサイズで作ったら、ちょっと下品になりそうな気がして、小さめなサイズで作ったのですが、
小さいサイズで「見せる」というのが、とても難しい事でした。
色々細かい話は長くなるので、又機会がありましたら、直接聞いてみて下さいね。
尻切れとんぼのようですが、まずは作品を見ていただくしかないので、
宜しければ、ぜひ「Oの物語」展にお出かけ下さいませ。



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